黄昏時の憂鬱 今は何時なのでしょうか。わたくしが思うに日が沈んでいるので時刻は5時ぐらいでしょう。 今、赤い赤い空がわたくしを見下ろしています。赤い色は好きですがその赤い空は 暗い暗い夜への道なのでこの空が後少しで消えると思うとわたくしは悲しくもなるのでした。 そしてわたくしは空を見上げる度に思い出すのです。暖かい空の色ですがこの大きな空が時々、わたくしを呑み込みそうで怖くなっていた幼少時代の事を。 ふと顔を上げて地面を見ましたが、やはりしゃがみこんでいても影は伸びていきます。当然の事です。 そしてそれはあのお方を思う気持ちと同じようなものでして、たった三度しかお会いしていないのですが、 わたくしはどうしてもあのお方の事が頭から離れないのです。 毎日という程あのお方と楽しくお喋りをしたり、 時には、内緒で家を出て遠くの町に連れて行ってもらったりしました。 二人でバルコニーから見える大きな赤い空を眺めると、 時間が止まってくれればいいのに、と何度も唱えた事もありました。 ですが一週間ほど、あのお方の姿を見ていません。 連絡などあるはずがありませんし、出来ません。わたくしは連絡先など知らないのですから。 それは突然の事でした。何の予兆も無しに。いえ、いつもあのお方は突然いらっしゃっていました ので、普通に考えればおかしい事ではないのでしょう。 ですがわたくしはあのお方が今すぐにでもわたくしの部屋に現れそうで、今も、毎朝この胸の鼓動は収まりません。 (この鼓動は何なのでしょう。わたくしは病気になってしまったのでしょうか) 今、赤い赤い空がわたくしを見下ろしています。ですがその色がそろそろ変わりそうなのです。 もう、そんな時間なのでしょう。 そしてわたくしはどのくらい自室のバルコニーに居るのでしょう。 ここ何日か雨が降っていたのでバルコニーから空を見上げるのは久しぶりです。 ですがそろそろお夕飯の時間です。きっと誰かが私を呼びに来るはずでしょうが、 ここを離れたくありません。 (前、あのお方はこの時間帯にこられたのです。) 「お嬢様、ディナーの準備が整いました。一階へ降りて来られて下さい」 まだここを離れたくありません。そろそろ空の色が変わります。 せっかく梅雨が晴れたというのに久しぶりに見るこの空の色が変わる時をここで過ごしたいのです。 目を凝らして空を見ると、薄く三日月が姿を出しています。 まだわたくしはここを離れたくありません。 もしかしたら、あと少しで赤の空は消え、ひたすら闇へと染まる空になるかもしれません。 そう考えれば、もしかしたらあと少しでこの三日月が薄明かりからはっきりとした 色へと変わるかもしれません。 まだ、わたくしはここを、離れる、わけには、いけません。 (例えばわたくしが一階へ降りている間に誰かが来られるかもしれません。) ただ、それだけの事で御座います。 わたくしはただ、空の色が変わるのを見たいだけなのです。 それに、もしかしたらわたくしが居ない間に何かが起こるかもしれません。 いつも事は突然訪れるのですから。ここを、この場所を、 わたくしは離れたくありません。 「やあ、お久しぶり。ちゃん」 もう雨は降っていません。今朝止んだばかりです。 ですが、確かに掌が濡れているのです。 (わたくしは最初から、あのお方に恋をしていたのでしょうか) 黄昏時の憂鬱…おわり 超お嬢様に拍手を。エンヴィーは神出鬼没です。不法侵入ですがラブストーリーなので。《050226》 |